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大阪地方裁判所 平成6年(わ)1122号 判決 1997年3月21日

本店所在地

大阪市都島区片町二丁目五番四号(登記簿上の所在地 大阪市都島区東野田二丁目三番五号 パークサイドビル七階)

株式会社

千寿

右代表者代表取締役

宮野壽

本籍

鹿児島県薩摩郡下甑村瀬々野浦二三九番地

住居

大阪市城東区蒲生一丁目一〇番二九号

会社役員

宮野壽

昭和二四年六月二九日生

主文

被告人株式会社千寿を罰金六〇〇〇万円に、被告人宮野壽を懲役一年八月にそれぞれ処する。

被告人宮野壽に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人株式会社千寿及び被告人宮野壽の連帯負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人株式会社千寿(以下、被告会社という。)は、大阪市都島区片町二丁目五番四号(登記簿上の所在地 大阪市都島区東野田二丁目三番五号パークサイドビル七階)に本店を置き、不動産売買及び不動産管理業等を営むもの、被告人宮野壽(以下、被告人という。)は、被告会社の代表取締役として業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度における右被告会社の実際の所得金額が三億七五五七万六七四七円(別紙1修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が三億六八七六万九〇〇〇円で、これに対する法人税額が二億五九四一万一五〇〇円(別紙2税額計算書参照)であるにもかかわらず、売上の一部を除外するなどの行為により、その所得を秘匿した上、平成二年五月三一日に大阪市旭区大宮一丁目一番二五号所在の所轄旭税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一〇五四万九三八八円の欠損、課税土地譲渡利益金額が三一四二万八〇〇〇円で、これに対する法人税額が八八五万八八〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙2の税額計算書のとおり、右事業年度の法人税二億五〇五五万二七〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

かっこ内の数字は検察官の証拠請求番号を示す。

一  被告会社代表者及び被告人の当公判廷における供述

一  第一回及び第六回公判調書中の被告会社代表者及び被告人の供述部分

一  証人稗田祥伸の当公判廷における供述

一  第三回公判調書中の証人金井こと金道夫の供述部分

一  第四回ないし第七回公判調書中の証人池田寛の供述部分

一  第八回及び第九回公判調書中の証人高永幸造の供述部分

一  被告会社代表者及び被告人の検察官調書一一通(七三ないし八三)

一  池田寛(九通、三八ないし四六)、土井政治(四九)、神博志(五〇)、中家高義(五一)、稗田祥伸(二通、五三、五四)、長濱常夫(五五)、北尾宣久(五六)、阪本健一こと李華圭(六〇)、新納國宣(六一)、西村豊美(六二)、谷口良夫(六三)、高木勉(六四)、中川猛(六五)、西村孝一(六六)及び菅原透(六七)の各検察官調書

一  金井こと金道夫の検察官調書抄本(四七、但し、第二七項ないし第三一項を除く)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(一)、証明書(二)、査察官調査報告書三四通(三、五ないし三七)及び領置てん末書(九三)

一  収税官吏作成の報告書(四)

一  法人登記簿謄本四綴り(八四ないし八七)

一  黒色手帳一冊(平成七年押第四一九号符一及び二、九四)

(事実誤認の補足説明)

弁護人は、本件の所得額に関し次のとおり主張し、被告会社代表者及び被告人はこれに沿った供述をする。

第一に、大阪市都島区東野田一丁目九番七の土地及び同土地上の建物(以下、東野田物件という。)の売買について、売上の一部を除外して秘匿した金額は、検察官の主張する二億八〇〇二万円より五〇〇〇万円少ない一億三〇〇二万円である。

第二に、大阪市住之江区中加賀屋三丁目二五番地九及び一〇の土地(以下、中加賀屋物件という。)について売上の一部を除外して秘匿した金額は、譲渡益のうち譲渡代金から購入資金等の費用を控除した額の三分の一(一九八四万二〇〇〇円)を高永幸造に分配したので、その分減額されるべきである。

一  第一の点について当裁判所の判断を示す。

1  証人金井こと金道夫の当公判廷における供述調書(以下、金井証言という。)、池田寛の検察官に対する供述調書(以下、池田供述という。)、金井こと金道夫の黒色手帳の記載(平成七年押四一九号符一及び二、以下、金井手帳の記載という。)、平成元年六月二八日付の伝票二通(検察官証拠請求番号七七、被告人の検察官調書添付資料二及び三、以下、六月二八日付伝票という。)、被告人作成のメモ(検察官証拠請求番号六の査察官調書五七丁、検察官証拠請求番号七七の被告人の供述調書添付資料五、以下、被告人のメモという。)及び証拠の標目記載の各証拠を総合すると概略以下の事実が認定できる。

(一) 平成元年四月中旬ころまでに、被告人と株式会社金井組(以下、金井組という。)の代表取締役金井こと金道男(以下、金井という。)との間で、東野田物件を坪当たり一四五〇万円総額約一一億六〇〇〇万円(後に正確な坪数を掛けて代金一一億六〇二四万円となる。)で被告会社から金井組に売却し、手付金として五〇〇〇万円を支払うとの合意がなされた(金井証言一丁、池田供述四三号証、金井手帳の一九八九年四月一四日欄の記載)、被告人は、これに伴い、かねて東野田物件の入居者の立退きと転売先の交渉を任せていた神博志(以下、神という。)と土井政治(以下、土井という。)に対し、これまでの仲介手数料としてそれぞれ五〇〇万円合計一〇〇〇万円を支払って右委任関係を清算することとし、被告会社の経理担当者である池田寛(以下、池田という。)に額面金額一〇〇〇万円の小切手を渡して現金を用意するように指示した(池田供述四〇号証)。

(二) 平成元年四月一四日午前中に、池田は用意した一〇〇〇万円を被告人に渡し、被告人は同日昼前ころ、被告会社の事務所に来た神と土井にそれぞれ五〇〇万円を支払おうとしたが、神らに自分らが転売先を見つけてきたら利益を折半する約束であったのに、この手数料では少ないとねばられ、更にそれぞれ二五〇万円合計五〇〇万円を小切手で支払った。このときに土井から東野田物件を金井組に売るに際して、ダミー会社を間に入れて売却利益を少なく見せて脱税すること及びダミー会社を土井らで紹介することが提案され、被告人は、「分かった。考えておく。」と返事をした(池田供述四〇号証)。

同日、被告会社の事務所に金井が金井組の者二、三人を連れて来た。このときまでに、被告人は金井に対し代金のうち二億円を裏金で支払って欲しいとの申し出をしており、同日金井は手付金として五〇〇〇万円を支払ったが(金井証言一丁ないし四丁)、この五〇〇〇万円は被告会社の帳簿に記載されないまま裏金として処理され、被告人の指示で尼崎信用金庫京橋支店に被告会社名義の三か月の定期預金として入金された(池田供述四三号証、同資料五)。

(三) 平成元年六月二七日ころ、被告人は池田と稗田祥伸(以下、稗田という。)に指示して、同月二七日付けで、被告会社を売主としダミー会社である株式会社寺院企画(以下、寺院企画という。)を買主として東野田物件を代金八億八〇二二万円で売買する旨の不動産売買契約書(以下、甲契約書という。)を作成し、同月二八日に同日付けで、寺院企画を売主として金井組を買主として同物件を代金九億六〇二四万円で売買する旨の不動産売買契約書(以下、乙契約書という。)の文面を作成した。同日、金井は被告会社の事務所を訪れ、中間金として五〇〇〇万円を現金で支払い(金井手帳六月二八日欄の記載)、その後同月二九日までに稗田が乙契約書を持参し金井を訪ねて乙契約書に金井組の記名押印がなされた。中間金五〇〇〇万円は寺院企画からの手付金として、被告会社の総勘定元帳に同日付で入金の処理をされ、四四五〇万円が三和銀行城東支店の被告会社の普通預金口座に、五五〇万円が同支店の当座預金口座に振り込まれた。

(四) 同年七月一四日、同年四月一四日に受け取った手付金五〇〇〇万円を原資とした尼崎信用金庫京橋支店の定期預金が満期となったので、被告人の指示により池田が解約に赴き、この資金は被告人の個人資産であるマンションの管理料や被告人個人の借入金の返済に充てられた。

(五) 平成二年一月一一日、東野田物件の入居者の立退きができなかったので売買代金を一億円減額することが決まった(金井証言一一丁、金井手帳一九九〇年一月一一日欄の記載)。

(六) 平成二年一月中旬ころ、被告人は、金井組が東野田物件を転売しているという話を聞き、手付金を倍返しして解約したいと金井に申し入れたが、金井はこれを強く拒否した。

(七) 平成二年三月一六日に、大阪銀行八尾支店で、残金九億六〇二四万円の決済がなされた。被告会社側は被告人の指示で池田と稗田が出席し、金井組側は金井と山村部長が出席し、その場で、金井から池田に七億円の保証小切手が交付され、池田はこれを同行してきた住友銀行の行員に手渡し、残り一億五〇〇〇万円は被告人と金井の間で裏金として定期預金証書の形で受け取るとの合意がなされていたので、金井の自宅で支払われることになり、金井の自宅一階の事務所のようなところで永和信用金庫八尾南支店の金井組名義の五〇〇〇万円の定期預金証書、大阪信用金庫八尾支店の金井組名義の五〇〇〇万円の定期預金証書及び大阪興銀八尾支店の定期預金証書三通(坂平修平名義で二〇〇〇万円、岡林重明名義で一二〇〇万円、姜光雄名義で一八〇〇万円、いずれも架空名義、合計五〇〇〇万円)の合計五通、合計金額一億五〇〇〇万円が現金一億一〇二四万円とともに金井から池田に手渡された。これを受け取った池田は被告会社事務所に戻り、現金と定期預金証書を被告人に渡した(金井証言、池田供述、金井手帳一九九〇年三月一六日欄の記載)。

以上に対し、弁護人は平成元年六月二八日の中間金五〇〇〇万円の支払いはないと主張し、被告人もこれに沿った供述をし、右支払いを示す各証拠について反論するので検討する。

2  (被告人のメモについて)

まず、被告人メモに二回にわたる五〇〇〇万円の授受を示す記載があることについて、被告人は、あくまで予定の記載であって受け取った事実を示すものではないと主張し、右メモの上に「稗田、立退交渉続交」という文字があることを理由に予定を書いたものであると述べる(検七七号証六丁ないし七丁)。稗田が立退交渉を続行していたことから、被告人メモが予定を書いたものと推論するためには中間金五〇〇〇万円の支払日とされる平成元年六月二八日に立退交渉が終了していたか、稗田がその担当を外れていたという事実がなければならない。しかし、稗田は立退交渉は平成二年三月ころまで継続していたと供述しており(稗田の当公判廷における供述調書一一丁、以下、稗田証言という。)この点に関し、稗田証言には前後に矛盾はなく、また偽って証言する動機も見当たらないことから信用できる。また、被告人作成の別のメモ(検七七号証資料6)の記載によれば、平成元年六月二八日以後も明渡交渉が継続していたことは明らかである。そうすると「稗田、立退交渉続交」という文言は何ら客観的に被告人メモの記載が平成元年六月二八日より前であるという根拠とはならないものであり、また、被告人の全供述を精査しても「稗田、立退交渉続交」という記載が同日以前の被告人の行動を推測させるものであるという説明はなく、もし、そのような具体的事実からの推論ならば、右供述段階で具体的に説明するはずであるが、右供述段階はおろか捜査段階でも公判段階でもなんらの説明をしていないのであるから「稗田、立退交渉続交」という記載が被告人メモを予定を書いたと推測させる具体的事実を示しているものとは考えられない。

したがって、「稗田、立退交渉続交」という記載はなんら被告人メモを予定を書いたと推測させる意味を持たないものである。むしろ、右メモ(七七号証資料5)の6及び7の欄に「売却予定」「決済予定」と書かれていることからすると予定であるものは予定と記載する場合が可能性としては高いこと及び本件メモが一旦「昨年」と書いた部分を消して「平成元年」と記載していることからすると、「昨年」とは過去を示す記載であるから、被告人はその時点を過去の一時点と勘違いして記載したと推認できるのであるから、右メモは予定ではなく過去に支払いを受けた事実を記載したと解する方が自然である。よって、これと異なり、予定を書いたものにすぎないという被告人の供述は信用できない。

3  (平成元年六月二八日の入金について)

次に、平成元年六月二八日付で三和銀行城東支店の被告会社名義の普通預金口座に四四五〇万円が、同支店の被告会社名義の当座預金口座に五五〇万円の合計五〇〇〇万円の入金があることについて、被告人はこれを平成元年六月二八日が架空の売買契約書上手付金を受け取った日になるために現実に手付金のやり取りがなされたように仮装したものであると述べる。しかし、その資金の出所について、被告人は、当初ワールド証券梅田支店の被告人名義の取引口座から出金していた旨具体的に説明していた形跡があるが、これについて検察官からその出金は三和銀行城東支店からの借入金の返済に充てられている旨説明されるや「いろんなところから集めた金を入金したという記憶が残っています。」と説明を変遷させ(七七号証五丁)、ついに、右資金の出所について説明できないばかりか、右変遷についての合理的理由も述べられていない。

また、そもそも被告人にとって金井組からの入金を仮装する必要があったかを検討すると、被告人は金井組の出金の外形と被告会社の入金の外形を仮装したというのであるから、素直に理解すれば金井組から被告会社への支払いの事実を仮装したということになり、そうすると、金井組からは四月一四日にすでに五〇〇〇万円を受け取っているのであるから、これを手付金として取り扱えば足りあえて仮装する必要はなく、かつ被告人にとって収入である右五〇〇〇万円の入金は税法上は被告人に不利益な事実であるからあえて客観的に仮装しなくても不利益な事実を認める被告人の言い分が将来的に疑われて被告人において裏付けなければならない事態は生じないはずである。仮装の必要があるとすれば、ダミー契約を真実と偽るための仮装であるが、その場合には、被告会社側の入金は六月二七日付けでなければならないはずであるが、現実の日付は六月二八日であり、この点について被告人は捜査段階でそこまで考えなかったと弁解するが、あえて外形を整えようとする者が日付の調整を怠るとは通常では考えられないことであり不自然である。また、甲契約書、乙契約書両方の外形も整えるというなら寺院企画に対しても入出金の外形を整えるように働きかけることが必要になってくるがそのような事実があれば当然これまでの中で被告人の言い分として述べられているはずであるが何ら述べられておらず、そのような働きかけはなかったと認められるのであって、これまた外形を偽ろうとする者の行動としては不徹底であり不自然である。一歩譲って甲契約書の外形だけを整えたとする金井側の出金の外形は不必要であり、この場合は被告人は不要な手間をかけていることになる。以上のとおり、被告人は平成元年六月二八日の入金は形式を整えただけのものであるとする供述は、その動機と具体的行動の内容に不自然なずれがある。そのずれは、ありもしない外形を将来を慮って作出したという巧妙な策を弄した者としては「そこまで考えなかった」というあらゆる不合理を説明できる曖昧な理由では到底説明の付かないものであり、資金の出所に関して不自然な変遷をたどったあげく、その説明がついにはできていないことと併せて考えると外形を整えただけで実際には五〇〇〇万円を受け取っていないという被告人の言い分は信用できない。

4  (金井証言の信用性について)

金井証言の内容は金井手帳の記載の被告人のメモ及び平成元年六月二八日付で三和銀行城東支店の被告会社名義の普通預金口座に四四五〇万円が、同支店の被告会社名義の当座預金口座に五五〇万円の合計五〇〇〇万円の支払いがあるという平成元年六月二八日に中間金五〇〇〇万円を支払ったことを示す客観的証拠と一致するほか、弁護人の「先程来の不動産売買契約書を見て下さい。代金が九億六〇二四万円という細かい数字が出ている、これはどういう計算から出たんでしょう。」という質問に対し、「忘れました。端数でっしゃろ、坪の。当初からこんな金額は我々の口からはでなかったから」と答えるなど体験者でなければ語り得ない迫真性のある部分もあり全体として信用できるものである。

これに対し、弁護人は、金井が自己の納税申告において中間金五〇〇〇万円を費用として計上しており、これを支払っていないと述べることは自己の申告の不実を明らかにすることになるのでこれを支払ったと虚偽の証言をしていると主張する。一般的に税務申告でした支出について、その後異なる証言をしたくないということはあり得るとしても、本件の金井証言が自己の支出を過大にみせるためになされた虚偽のものであると疑わせる証拠はない。

更に、弁護人は金井証言に問題がある旨各部分を指摘して論難するので検討する。

たしかに、金井証言には以下のとおり曖昧な部分や記憶喚起に手間取った部分が存在する。

第一に、平成元年四月一四日の手付金五〇〇〇万円の受取を示す書面(以下、受取書面という。)をもらったか否かについて、曖昧な証言に終始している。

第二に、ダミーを挟んだ二種類の契約書(甲契約書及び乙契約書)以外に、実際に契約された正しい金額を記載した契約書(以下、正しい契約書という。)が存在したかのように証言しながら、その保管について曖昧な証言に終始している。

第三に、東野田物件の地上建物の入居者への立ち退きが成功しなかった場合は二億円減額する話があったかのように供述しながら、地上げに二億円かかる話だったに過ぎないかはっきりしないと述べている。

以上の点については、本件が平成元年から平成二年にかけてのできごとであり証言が平成七年七月二日であって、事件から証言まで約五年を経過していること及び本件について金井が直接の利害関係をもたないことを考え併せると一度捜査段階で供述しているとはいえ相当程度の忘却のあることは了解できること及び金井証人が被告人の脱税行為に加担したという点で積極的には証言したくない立場にあることに照らすと証言内容が曖昧になったり、手帳の記載内容や捜査段階での供述内容を示唆されるまで思い出せない部分があっても止むを得ないものであり、金井証言の曖昧さと記憶喚起に手間取った部分は大まかに以上の点から了解可能であり信用できるが、なお個別の点について以下検討する。

第一の受取書面の授受について、弁護人は捜査段階で虚偽の事実を述べたためにどのように述べたか記憶に残らなかったと主張する。たしかに、他に受取書面が存在したという物的証拠はなく、受取書面の形態について曖昧な金井証言のみから受取書面が存在すると認定することはできず、その存否は不明というほかない。しかし、かといって、受取書面が存在しないことを前提に金井証言を虚偽であると決めつけることはできない。右証言過程を子細に検討すると、主尋問では受取書面について触れることなく、弁護人の「検察庁で受取を貰っていると述べているでしょう。」という誘導に対し、「それやったら、そうだった。」と消極的に認めているに過ぎず、受取書面の存在を積極的に証言しているものではない。金井証人が捜査段階で受取書面の存在を供述していたか否かは当法廷に顕出された証拠からは明らかではなく、弁護人の誘導が正確か否か検討する資料はないが、仮に金井証人が捜査段階で受取書面の存在を供述していたとしても右経過に照らすと金井証人には受取書面が存在するという事実を積極的に主張しようという姿勢は見られず、受取書面の存否について当公判廷における証言の段階で曖昧な記憶しかないというに過ぎない。買主にとって支払いの事実を裏付ける書面の存否は関心事ではあるが、それが「名刺かもしれません。」というような程度の正式なものではない場合は当初からのその重要性はさほど大きいものではなく、更に、最終決済終了後においては手付金のみの受取を証明する書面は更にその重要性を減殺するものであって、前記事情のほか、不動産取引を頻繁に行い多額の金銭のやり取りを日常にしている金井証人の当時の状況において手付金の受取書面についての記憶が曖昧であることは十分了解できることである。したがって、平成元年四月一四日の手付金五〇〇〇万円の受取書面が存在しないことを確実な事実であることを前提とした弁護人の主張は前提を欠き採用できない。

第二の正しい契約書が存在したかもしれないという証言について、弁護人は、右契約書は存在しないことが明らかであるとして、金井証人は売買金額が当初一一億六〇〇〇万円であったことをあえて主張するために虚偽の証言をしていると主張する。たしかに、右契約書の存在を示す物的証拠はなく、その保管状況に関して曖昧な内容しかない金井証言のみからその存在を認めるのはできず、右契約書の存否は不明とするほかない。しかし、ダミーを挟んだ契約書を作成するに当たって真実の内容を記載した契約書を作成し、その後当事者間で争いのないようにすることがあることは公知の事実であり、右契約書が真相を隠すために破棄されることも十分あり得ることであるから、存否不明を越えて存在しないことが確実な事実であることを前提として金井証人の真意を推測する弁護人の主張は前提を欠くもので採用できない。

第三の地上げが成功しなかった場合に二億円減額するという話があったとする点について、弁護人は、右証言が正しい契約書では二億円であったという記憶に基づいている点とダミーの契約書における一億円という減額幅が訂正された形跡がないことから金井が自己の主張を合理化しようと虚偽の証言をしていると指摘する。たしかに、正しい契約書が存在したと認定することのできないことは前記のとおりであり、これを前提として地上げが成功しなかった場合の減額幅が二億円から一億円への変更されたと認定することもできず、二億円という話が減額幅の話か地上げにかかる費用の話かが曖昧な金井証言のみからは減額幅に変更があったと認定することはできず、減額幅の変更の事実は存否不明というほかはない。しかし、被告人は当法廷において、東野田物件の地上建物の入居者五人に対しそれぞれ立退料三〇〇〇万円、合計一億五〇〇〇万円を提示していたと供述するところ、これを前提にすれば、立ち退きが成功しない場合の買主の負担は一億五〇〇〇万円を超える可能性の高いことは明らかであるから、当初二億円の減額を約束していたとしても不合理ではないことに照らすと終始一貫して減額幅は一億円であったという事実を確実なものとして前提とする弁護人の主張は前提を欠くもので採用できない。

また、弁護人は、金井が六月二八日に被告会社の事務所で乙契約書に捺印したと証言し、これは稗田が金井組の事務所に赴いて捺印してもらったとする稗田の供述と食い違うと主張するが、この点は、稗田の供述が自己の体験を語るものであること、稗田自身がこの点をどのように供述するかについて利害関係を持たないこと及び金井組の記名印が通常は金井組の事務所に置かれているものであるという客観的状況から自然であることに照らして稗田の供述する内容が事実であると認定できるところ、金井証言は捺印場所の特定はしておらず弁護人の主張は前提が誤っており採用できない。また、捺印がどこでなされたかということと金井がこの日に被告会社を訪ねて五〇〇〇万円を支払ったということは別の問題であり、金井が乙契約書に捺印した場所が被告会社事務所ではないとしてもこれをもって六月二八日に金井が被告会社事務所を訪れていないことにはならないことは言うまでもない。

次に、弁護人は金井証人の手付金に関する理解と記憶に不信な点があると指摘して論難する。弁護人は手付金が解約手付ならば特約が必要でないかという趣旨の追及をしているが、これに対し、金井証人は倍返しの趣旨を含む通常の手付として支払った旨一貫して証言している。手付金の性質は原則として解約手付であるという民法の規定及び特段の排除のない限り解約手付の性質を失わないという判例が存在し、中小の業者間でも手付金の性質としては証約手付の意味の他に倍返しによる解約手付の趣旨を含むと理解されているのが一般である点からすると金井証人の説明に不信な点はない。

その他、金井証言には、意図的に被告人に不利な供述をしようとしている形跡はなく、とりわけ中間金五〇〇〇万円の支払状況に関しては、金井自身がかかわった事項であり明確な記憶して証言されており客観的証拠と齟齬するところがなく信用できる。

5  (金井手帳の記載について)

金井手帳の記載についてもこれが誤って記載されたとか金井がことさらありもしない中間金五〇〇〇万円の支払いがあったかのように偽るために記載したと疑わせる証拠はない。また、弁護人はその記載自体は被告人からの電話の内容を書き取ったものと理解できると述べるが、そのようなことをうかがわせる証拠はなく、できごとを記載したと解するのが自然である。

6  (池田供述の信用性について)

池田は捜査段階で平成元年六月二八日に中間金五〇〇〇万円の授受があったことを明確に認めながら、当公判廷の証言ではこれを翻し、捜査段階の供述は検察官の押しつけによってなされたものと主張するので以下検討する。

池田の捜査段階の供述には、前後矛盾や客観的証拠との齟齬はなく、それ自体として不自然な点も見当たらないばかりでなく、以下のとおり検察官の見込みに迎合したとは思えない部分が存在する。第一に、立退交渉などを依頼していた土井及び神に対する仲介手数料を清算するための資金を被告人の指示で用意し、その支払いに立ち会い、その後金井が被告会社を訪れて手付金五〇〇〇万円を支払った旨を現場での各人の会話の様子を交えて具体的に述べており、右供述部分には体験者でなければ語りえない迫真性がある。第二に、平成元年四月一四日に授受された手付金五〇〇〇万円が帳簿に記載されていなかったことなどは前の経理担当者の退職後に被告人がその退職前に遡って帳簿処理をして確認したことを詳細に供述している。第三に、契約書の作成日について、「この契約書の日付が平成元年六月二七日となっておりますので、この日に私が契約書を作成したように思うのですが、ひょっとしたら前日に契約書を作成し、契約日付を翌日の元年六月二七日にしたのかもしれません。」と述べ、曖昧な部分は曖昧なまま録取されている。第四に、被告人が池田に「金井組の手付金を倍返しにして、他に売ろうかと思っているんや。」などと話をしていた旨供述しているが、このような会話の内容は体験者の誰かが供述しなければ捜査官には分からない事実であるところ、この点は特に被告人が強調している点でもなく、この話を池田が知らなくても必ずしも不自然ではないのであるから、検察官においてあえて押しつけて供述を迫る必要のあるものではなく、池田自身が状況を説明するために述べたと考えられる。第五に、決済後被告人から五〇〇〇万円を受取った経過を具体的に述べているが、被告人はこれを一旦は否定している。この事実は検察官において押しつけようのない、また、押しつける必要もない事実である。第六に、裏金として受け取った一億五〇〇〇万円の定期預金の解約について、銀行員は池田がしたと述べていると指摘し、池田はこれを否定するくだりが問答式で録取されており、指摘して言い分の異なるところはその経過をできるだけ正確に録取しようという形跡が顕著である。よって、池田の捜査段階の供述は信用性が高いというべきである。

これに対して、池田の当公判廷における供述には、次のとおり、客観的事実と異なる部分がある。すなわち、池田は、被告人と金井との間で東野田物件を売買する話を池田が最初に知ったのは、平成元年四月一四日以降に金井からの預かり金五〇〇〇万円を尼崎信用金庫に三か月の定期預金にして、その証書を夕方被告人から見せられて初めて知ったと証言するが、この点に関して、被告人は捜査段階で平成元年四月一四日付けの尼崎信用金庫京橋支店の入金伝票について、池田と一緒に同支店に入金に行き、右入金伝票の記載は池田が書いたと思うと供述し(検七五号証、同添付資料七)、右入金伝票の筆跡は、池田が捜査段階で池田自身が記載したと認めている不動産売買契約書(検四〇号証、同添付資料<6>)の筆跡と一致している。したがって、池田は金井が平成元年四月一四日に支払った五〇〇〇万円を被告人とともに尼崎信用金庫に赴いて定期預金にするため自ら入金したことは確実な事実として認定できる。そうすると、この点を否定する池田の右証言は客観的事実に反することになる。仮に、捜査段階での供述と整合的に理解すると池田は何も知らないまま五〇〇〇万円の振り込みに同道したということになるが、経理責任者である池田の行動としてはいかにも不自然である。以上の諸点を総合して考慮すると池田の当公判廷にける証言は信用性に乏しいというべきである。

7  (被告人の供述の信用性について)

これに対し、被告人は、捜査段階で中間金五〇〇〇万円の受取を否定し、一旦は認めたものの当公判廷では一貫して受け取った記憶がないと述べるので、この点について被告人の供述の信用性を検討する。

既に述べたとおり、被告人の右供述は、金井手帳の記載及び被告人のメモの記載を合理的に説明することができず、平成元年六月二八日に被告会社の預金口座に合計五〇〇〇万円の入金があるという客観的事実の説明について不合理な内容を述べかつ不自然な変遷をたどっている点で既に信用性を欠くものであるが、更に、以下の点に問題がある。

第一に、被告人は、平成元年四月一四日の段階で売買代金などの契約内容は決めていなかったと述べるが、これは池田供述、金井証言及び金井手帳の記載に反するばかりでなく、同日に神と土井との仲介契約を清算した事実から考えても不自然である。すなわち、被告人が金井との売買内容がほぼ固まった後も金井の転売の情報を聞きつけるや解約をしてでもより高く売れる相手を探そうとしていたことは明らかであるが、このようにより高く買ってくれる相手を契約締結後にあっても探していた被告人が具体的な売買価格が決まらないうちに、より高く買ってくれる相手を仲介してくれるかもしれない神や土井との仲介契約を止めるとは考えられないからである。

第二に、被告人は捜査段階では「・・金井社長との間で金井組が千寿に対して二億円くらいの裏金を支払って欲しいとの要求をしていたものの、まだその契約書を作った平成元年六月下旬ころの時点では、二億円の裏金を支払う話が確定していたわけではないと思います。」(検七七号証三丁)、「もう、二月になっていたのではないかと思いますが、・・手付金の倍の額を返還して、金井組との売買契約を解約しようという気になり・・その話を金井社長に持ちかけたところ、金井社長は数日後・・当初の約束どおり金井組に東野田物件を売るように迫り、・・私としては、・・解約することを諦めました。しかし、その際、私は、金井社長に当初要求していた二億円の裏金を間違いなく支払うよう言いました。」(同八丁)と当初二億円という裏金を要求していたことを明確に述べながら、当公判廷においては、「二億円の裏金を払えと言ったというんですが、そういう話をしたことはあるんですか。」という弁護人の質問に対し、「それはないですね。」と答え、「最初から一億五〇〇〇万円ですか。」という質問に対しても「そうです。」と明確に述べ、二億円という裏金要求の事実を一転して否定しているが、右変遷について合理的説明はない。

第三に、捜査段階では、右二億円の裏金を要求したとの供述に引き続いて、「それに対して、金井社長がすぐそれを受けてくれたかどうかはっきりとは覚えていませんが、翌平成二年一月の段階では、最終的に金井組が一億五〇〇〇万円の裏金を千寿に対して支払うことで金井社長と私の間で話がまとまりました。」(検七七号証八、九丁)、「私としては、平成二年一月の段階では、入居者を立ち退かすことは、すっかり諦めてしまい、入居者が居る状態のままで東野田物件を金井組に売ることに決めました。それで、私はその前に二億円の裏金の支払いを要求していたのですが、一億五〇〇〇万円の支払いを受ければそれでよいと考えるようになったのです。金井社長との具体的やり取りは覚えていませんが、私としては、裏金が一億五〇〇〇万円とすんなり決定したという記憶があります。・・当時、入居者一軒当たり三〇〇〇万円を出す話をしても入居者は立ち退いてくれないという状況でした。つまり、入居者を立ち退かせて地上げをするためには、入居者が五軒ありますから、一億五〇〇〇万円以上が必要な状況だったのです。それで、私は、入居者を立ち退かせられなくて、売買代金が減額されることを考えれば、裏金を一億五〇〇〇万円もらって、金井組に東野田物件を売ってしまったほうが良いと思いました。」と供述し一億五〇〇〇万円という裏金は入居者に提示した立退料の合計が基準であると説明しているのに、当公判廷においては「・・相当大幅な利益を得ることで金井さんが転売しているということで、それやったら私にもある程度の金つけてくれと、立ち退き云々で一億円の減額をしてるんやから、それ以上の利益も出てますから、そのときに一億五〇〇〇万円の裏金で渡すということが話になりました。・・」(第一四回公判調書四丁)、「・・いきさつを申し上げますと、一二月ごろの話だったと思うんですけども、立ち退き交渉がうまくできないということで、金井さんと相談した結果、そしたら契約より一億円減額で、この話は進めようという話で年が明けて、金井さんはその当時からも、自分の本社ビルを建てるということで、僕との話でしたから、住友銀行の行員から、金井さんは実際転売してるでという話を聞きましたんで、転売してるんだったら、一億円の減額もいらんやろということで。そしたら金井さんのほうから、裏金で一億五〇〇〇万円渡すからこの話進めてくれという話になりました。」(第一八回公判調書八丁)と供述し、金井の転売を知って解約を申し入れたときに突如金井の方から言いだしたもので、その趣旨は金井の転売利益を一部被告人に分配するというようになっている。捜査段階で立退料として少なくとも一億五〇〇〇万円であったことを裏金が二億円から一億五〇〇〇万円に変更したという理由にしている点は立退料と裏金の額がどのように結びつくのか明らかではなくそれ自体合理性をもつものではないが、捜査段階の供述にその点の勘違いが含まれていたとの説明も数回にわたる公判供述の中で全くなされておらず、その他、右の変遷にはなんら合理的説明はない。検察官は中間金五〇〇〇万円は現実に受け取ったと理解して追及をしているのであるから捜査段階の弁解が検察官の押しつけであるとも考えられない。

第四に、被告人は池田との間で平成元年四月一四日の五〇〇〇万円以外に、もう五〇〇〇万円を金井からもらおうかという話をしていたと供述し(第一八回公判調書二七丁)、この点と池田供述と一致するところであるが、この話がなぜ立ち消えになったのかは説明がなく、特段の理由もなく金井には外形作出の協力を依頼しただけという経過となり不自然である。

以上の諸点に照らし、被告人の捜査段階の供述及び当公判廷における供述は内容自体に不合理な点を含み、また、重要な点での不自然な変遷や客観的証拠との齟齬があり信用性に乏しいといわざるを得ず、買主である金井の証言及び経理責任者である池田の捜査段階の供述と反する平成元年六月二八日の中間金五〇〇〇万円の支払いの有無については被告人の供述を信用することはできない。

二  次に、第二の点について当裁判所の判断を示す。

1  中加賀屋物件の取引について、小倉こと高永幸造(以下、単に高永といい、証言及び供述の中で小倉と使われている場合もすべて高永と読み替えて記載する。)の関与の程度、形態及び右取引により高永が被告人から受け取った金員について、高永は当公判廷において要旨次のとおり供述する。

(一) 中加賀屋物件を被告会社が買い入れるに当たってはなんらの関与もしていない(第八回公判調書一八丁)。

(二) 中加賀屋物件を被告会社から転売するについては、自分の属する全日不動産の事業として仲介の範囲内で次のような点に関与した(同一九丁ないし二七丁)。

(1) 知り合いの業者に当たる。

(2) 全日不動産の名前入りで情報誌に載せた。

(3) 契約書の作成

(4) 売買代金の交渉

(5) ダミー契約の名義人として自分の友人である中川猛と藤江俊文を紹介した。

(6) 中川、藤江へのダミー料はひとり当たり二、三〇〇万円であったが、決済日に被告人から渡されて自分が中川、藤江に渡した。

(7) 仮側図面を池田から受け取り、NBCハウジング株式会社に渡した。NBCから関西ミシンに渡った(同三二丁)。

(8) 近隣の同意を得て実測図面を作成するように池田に申し入れ、池田は一生懸命やっていたができなかったので、右NBCハウジング株式会社に決済をやめるかどうか打診したところ公簿でよいということになったが、実測図面作成には関与していない(同三三、三四丁)。

(9) 一年後に実測することになり、これについては関与した(同三四丁)。

(三) 中加賀屋物件についての利益分配金ないし報酬(以下、利益分配金等という。)の件については次のとおり証言する。

(1) 利益を分けるという話はしていない(同二七丁)。

(2) 西中島物件の決済と同じ平成二年三月二九日に、中加賀屋物件の手数料二七〇万円を被告人から受け取り、平成二年四月四日付けで手数料として全日不動産に入金した(同二八丁)。

(3) (2)の仲介料以外に右取引に関して個人的に利益分配金等を受け取った記憶はない(同二九丁)。

(四) 平成二年三月二九日前後の高永に関する出金入金の経過について次のように証言する。

(1) 平成二年三月二六日、実質的には高永の口座である福邦銀行大阪支店の小林三津子名義の定期預金口座を解約し、同日一〇〇〇万円を出金した(第九回公判調書四丁)。

(2) 同月三〇日、高永は別名である小倉敏名義で関西銀行京橋支店に口座を開設し、そこに一二〇〇万円を入金した。

(3) また、同日、高永は高永が実質的なオーナーである有限会社ロイヤルハウジング(以下、ロイヤルハウジングという。)の同支店の口座に中加賀屋物件の収益を名目として二〇〇万円を入金した(同一、六丁)

(4) (2)、(3)の合計一四〇〇万円は被告会社から利益分配金として受け取った金を入金したものではない。そのうち一〇〇〇万円は(1)の解約した定期預金一〇〇〇万円と関係があるのではないかと思うが、その記憶は確実ではない。残り四〇〇万円は手持資金から入金した(同四丁)。

以上の高永の証言の信用性を検討する。

まず、高永が中加賀屋物件の取引で果たした役割についてみると、仮測量を誰が行ったかの点、全体としてそれが仲介の範囲内かという評価点について被告人の供述と趣旨を異にするところ、仮測量について池田は高永に依頼したと捜査段階で供述しており(検四二号証七丁)、右供述に特に不信な点はないこと及び高永は実測するという約定の履行について責任を問われる形で一年後に呼び出されてこれに関与していることからすると仮測量も高永において段取りされたと解する方が自然である。また、高永の役割が仲介に止まるかという評価の点については、広い意味での仲介に属する行為が中心ではあるが、転売の時期などを考慮すると高永が転売先を見つけてきたことが転売の動機として重要であることは否定できない。また、ダミーの紹介なども行っていることに照らすと一般の不動産売買の仲介という範囲をかなり超えた役割を果たしたことは否定でなきないというべきである。

次に、高永が被告人から利益分配金等を得ていないと述べる点について検討する。被告人が高永に利益分配金等を支払ったと主張する平成二年三月二九日の翌日に中加賀屋物件の報酬名目でロイヤルハウジング名義の口座に二〇〇万円の入金をしていることについて、高永は、仮の名目であると説明するが、高永はかなりの数の取引を進行させていた旨述べており、なぜ、中加賀屋物件の名目にする必要があったのか合理的説明はない。また、同日新たに預金口座を開設して一二〇〇万円を入金していることについて(検一七号証二三丁)、一二〇〇万円の出所については平成二年三月二六日に解約した定期預金との結びつきを示唆するものの曖昧であり、解約した定期預金の預け替えのために口座を開設したのであれば明確に記憶しているはずでありやや不自然である。右の点に加えて本件で果たした高永の役割は一般の不動産仲介の範囲を超えており、全日不動産に入金された二七〇万円のみでは報酬としてやや少ないと考えられることに照らすと高永の右供述は信用性に乏しく、平成二年三月三〇日に入金された合計一四〇〇万円の中に被告人から高永に支払われた利益分配金等が含まれているという可能性は否定できないというべきである。

2  次に、被告人の供述の信用性を検討する。

(一) 被告人の捜査段階における高永に支払った利益分配金等についての供述の要旨は次のとおりである。

高永の利益分配金等は西中島物件については経費を除いた利益の二分の一、中加賀屋物件については大体、経費を除いて三分の一という割合で分配することになっていたが、平成二年二月一日に西中島物件の中間金二一〇〇万円を被告人の方で取っていたので、平成二年三月二九日に西中島物件と中加賀屋物件を同時に決済したときには被告人の利益分配金は六二〇〇万円であり、被告人は同日これを受け取り、翌三月三〇日全額を実質的に被告人の預金口座である三つの仮名の預金口座に入金した。

平成二年三月二九日の高永の利益分配金等も同じ六二〇〇万円であったが、高永の取り分のうち五四〇〇万円を高永に渡さず、被告会社が高永から借りたものとし、残り八〇〇万円を現金で渡した。

右被告人の捜査段階の供述の信用性について検討すると、被告人が六二〇〇万円を平成二年三月三〇日に預金口座に入金したことは客観的に明らかな事実であり、これをもとに三月二九日の高永の利益分配金等の額について具体的に記憶をたどっており特に不信な点は見当たらない。但し、右供述は、中加賀屋物件に関する利益の分配基準が具体的金額にどのように反映されるのかについて語るところはない。

(二) 被告人の当公判廷における高永に支払った利益分配金等についての供述の要旨は次のとおりである。

平成二年三月二九日午前に西中島物件の決済をし、その高永の利益分配金に相当する五四〇〇万円を被告人が高永氏から借り入れたという形をとり仮受金とした(第一八回公判調書二三丁)。中加賀屋物件の高永の取分については、高永の利益分配金は三分の一でその金額は具体的には記憶していないが一〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円であったと思うが西中島物件の決済が終わり被告会社の事務所に帰ってから高永に支払った(同二三丁)。

以上のとおり、平成二年三月二九日に被告人が高永に渡したとされる金額に関する被告人の供述は、捜査段階では西中島物件と中加賀屋物件の合計の利益分配金が六二〇〇万円(仮受金五四〇〇万円、現金八〇〇万円)と一応の根拠を挙げつつ具体的金額を述べているのに、当公判廷における供述では、西中島物件については利益折半、中加賀屋物件については利益を被告人が二、高永が一の割合で受けるという点は捜査段階と一貫しているものの、金額については変遷し、同じ日に同じように利益を基準に分配額を決めながら、西中島物件の分については仮受金にした五四〇〇万円が利益分配金相当分であると比較的正確な記憶が語られているのに、中加賀屋物件の分については不自然な変遷をした上曖昧な内容に終始しており不自然さが残る。特に、当公判廷における被告人の供述態度は使途不明金ないし高永に入金されたものは全て自分が支払ったと主張するのみで具体的金額を当時の記憶で呼び起こそうという誠実さが見られず、やや不信な点が残る。

3  以上の被告人の供述、高永の証言はいずれも余すところなく事実を語っているものではないが総合すると以下の点が認められる。

(一) 中加賀屋物件に関する高永の利益分配金は利益の大体三分の一という基準が設定されていた(被告人の捜査段階から当公判廷における一貫した供述)。

(二) 高永の利益分配金等の中には仮測量とこれに関わる紛争解決金、ダミー料金及びダミー紹介料の合計一〇〇〇万円が含まれる(被告人の当公判廷の供述)。

(三) 高永の利益分配金からダミー料が支払われた(被告人の当公判廷の供述)。

(四) ダミー料及びダミー紹介料の合計は五五〇万円である(被告人の捜査段階の供述、高永の証言。ダミー料自体は高永の供述等から四〇〇万円と認定でき、被告人が捜査段階でダミー料の相場と述べる五五〇万円との差額一五〇万円はダミー紹介料と評価するのが相当であると判断した。)。

4  そこで、本件記録を精査すると、六五三四万五五〇〇円が西中島物件の利益分配金として認容済であるところ、当裁判所は西中島物件の利益分配金は被告人が仮受金算定の際に中加賀屋物件の利益分配金とは一応観念的に区別していたと認定するものであるから、右認容済の六五三四万五五〇〇万円中五四〇〇万円のみが西中島物件の分の利益分配金等であると認定し、右認定に伴い五四〇〇万円を計算するについて費用として差し引いたとされる二〇〇〇万円は、被告人が利益の約一五パーセントがダミー料として支払われたと捜査段階で述べていることから全額をダミー関連費用として損金に算入しないこととし、中加賀屋物件の利益分配金等に関しては被告人がダミー料等及びダミー紹介料を含む費用が一〇〇〇万円あり、これは高永がその利益分配金等の中から出したと供述する点にかんがみて右一〇〇〇万円と八〇〇万円の合計一八〇〇万円が高永に支払われたと認定した上で、費用一〇〇〇万円のうち被告人が捜査段階でダミー料の相場と述べる五五〇万円(ダミー名義人に支払われた四〇〇万円を含む)はダミー料及びその紹介料として損金に算入されないものと評価するのが相当であるから、残り四五〇万円のみを仮測量及びこれに伴う高永の受け取った手数料と認定し(支払手数料及び脱税経費損金不算入額については別紙3内訳明細書参照)、犯罪事実記録のとおり事実を認定する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、法人税法一五九条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処し、情状により平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条本文により、同法による改正前の刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

さらに被告人の判示所為は、被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社については、判示所為につき法人税法一六四条一項により同法一五九条一項所定の罰金刑に処すべきところ、情状により同条二項を適用して右の罰金額はその免れた法人税の額に相当する金額以下とし、その金額の範囲内で被告会社を罰金六〇〇〇万円に処することとする。

訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告会社及び被告人に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、不動産を転売するに際して架空契約(ダミー契約)を介在させて譲渡益を圧縮して申告することにより法人税を脱税したという事案であるが、同じ方法で連続して三件の取引において脱税を行ったもので、そのほ脱率も九五パーセントを超える高率で悪質であるが、架空契約者(ダミー)は仲介者から紹介されたものであること、右仲介者や架空契約者らの協力が不可欠な犯行であることを考えると一人被告人のみにその責任を問うことは妥当ではないこと及び今後は正しい納税に努める旨誓っていることなど被告人に有利な事情もあるのでこれらを考慮した。

よって、主文のとおり判決する。

(出席した検察官上田高広、求刑被告会社に対し罰金七五〇〇万円、被告人に対し懲役二年)

(裁判官 伊元啓)

別紙1

修正損益計算書

<省略>

別紙2

税額計算書

<省略>

別紙3

内訳明細書

<省略>

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